今日は同僚だった人に出先で会い・・・


それぞれ、重く切なく苦しく・・・そんな人生を必死で生きているのを、改めて実感した次第です。


            

40代までは我子の話やら、内容にも「華」があり、50代からは「健康問題」が話しになり60代には同級生に対しても「どちら様でしたっけ?00が亡くなった」などとなる・・・と十代の時から聞かされていました。



話は戻って・・・・・


元同僚に整形外科通いの話をしたら・・・・市内の大きい病院でも数時間待ちの数分診察だと言う事で・・・痛くてたまらない人はどうすればいいのだろう。



大きい病院に行くに距離的に時間がかかり、着いたその日は予約だけ、それから何日も待ってやっと予約日に行けば、数時間待機、数分診察・・・・・。

               

             

今に始まった事ではないけれど、原発の事でも政治でも一般の生活でも・・・・昔から「何の職についている人間でも、結局は私利私欲の固まり」だった。



中には「心からの善人」がいても、結局↑これ等に「食い物」にされてしまう。


               げに恐ろしきは人間なり